80年代 No.31(1985.7/8月号)お金の特集
お金から考えたら何にもできないわ
ナナオサカキ
詩人ナナオ・サカキを、信州生坂村の山中に訪ねてのイ
ンタビュー。季節はウドとタラノメの時期。このあとナナ
オはニューョークを経てカリフォルニアヘ。ナナオについ
ては、『80年代』22号掲載のインタビューと詩集『犬も歩
けば』(野草社刊)をごらんください。
お金と物のない世界から
ーーナナオが子供だった頃のお金に対する感じと、今の感
じとでは、だいぶ変わってるでしょう?
ナナオ もちろん変わりました。ちょっと自伝めいていやだ
けども、僕の物心ついた時に親父が破産した。これは大変よ
かったと思ってる。とたんに僕は丈夫になった(笑)。
ーーいくつの時でした?
ナナオ 九歳。小学校三年生の時じやないかな。
ーーお父さんの仕事は何だったんですか。
ナナオ ずーっと紺染をやっていたわけ。それが、第一次大
戦の時に人工のアニリン染料が出て、世界中の古いスタイル
の染料が全部つぶされた。そのあふりを食って、親父が完全
にお手上げになる。ーー僕は末っ子だったけど。
それで、借金で破産して、執達吏が来て赤い札を貼るわけ
ね。親父は怒って、日本刀を引き抜いて、執達吏を切ろうっ
ていうわけだ。親父は浄土真宗の信者で、大変穏やかな人柄
なんだけど、その時だけは血相を変えて(笑)、すごかった
ですぞ。
ーーそれまでの暮らしは豊かだった?
ナナオ まあ、田舎のちょっとした小金持ちって感じかな。
それが、今度はとたんに下層になって、次の日から僕はアル
バイトになるわけさ。新聞配達する。使い走りをする。村
のじいさんばあさんに手紙を書いてあげる、読んであげる。
それで小遣い銭を稼ぐ。
ーー小学生の時に。
ナナオ そう。物心ついた年から、自分で稼ぐんだという思
いがあったのね。同時に、時代が廠しかったから、小学校六
年生といったらもう労働力として見なされた。ほとんどは小
学校から高等科へ行って、それからすぐ第一線で働くわけ
だ。僕自身は、高等科を出てすぐ金物屋の小僧になった。十
四歳の時。
やっぱり、その生活は面白くないのね。商売に全然興味が
なかった。一週間ぐらいいて、全然僕の肌に合わないという
ことで辞めて、その次に県庁の給仕になったのかな。十円五
十銭の月給だった。とりあえず兄貴のとこにいたから、十円
は生活費として出して、僕の小遣い銭が五十銭だな。
ーー昭和十年頃かな。
ナナオ 昭和十二年ですね。日支事変が姑まった年だ。お蕎
麦が七銭だったかな。ところがそのお蕎麦が食べられないわ
けだ。蕎麦屋の前を、お腹をへらして何度も行ったり来たり
したのを覚えているわ。
それから、特に印象に残っているのは、皮の靴をはきたく
て、一所懸命お金を貯めるんだけど貯まらないわけだ。三年
間貯金して、誰かが助けてくれて、やっと買えた。しかも、
鮫皮の靴でした(笑)。本が読みたくてしょうがない。本代が
ない。ついに万引をやる。つかまる(笑)。いろんなドラマが
あったけど、その当時は、金ってのは大変なことなのね。お
金がどんなにすごいパワーであるか。わずかの税金のため
に、娘さんたちが女郎屋に売り飛ばされていたんだ。
県庁の上役連中が、食堂でミルクにトースト、あるいはコ
ーヒー、それを飲んだり食べたりしているのを見てて、いつ
になったらああいうのが食べられるのかなあ、という‥‥そ
れが、今でもときどき悪夢となって帰ってくるよ(笑)。そ
のぐらい物がなかった。物と金の不自由さ。
ところが、逆に、その物のない世界、金に恵まれない世界
にいたってことが、今非常に力だと僕は思ってる。いつでも
そういう生活に入れる。僕は、どこにだって住めるし、手が
あり足があって何かできるし、お金や物に対する依存をずー
っと減らしていけるのね。それは少年時代に鍛えられてるか
ら、少々のことじゃあわてない。
ーーどのくらい給仕をやってたんですか?
ナナオ えーと、三年か三年半かな。それでうっかり書記の
試験を受けたら、まずいことに一発で受かっちやった。すぐ
採用されて、今度は事務員になるわけだ。
十六歳かな。それでもう、非常な貧しさを知っているわけ
だ。僕なぞまだいい方で、同じ村の中の小作農の家に行く
と、何にもない。ござを被って寝てるわけ。それで、「何も
ないけど食べてくれ」って出すのは塩饅頭。全然甘くない饅
頭を、わーっと思ってびっくりして食べたのを覚えてるわ。
だから、そこらへんで物を見てるから、あまりお金にこだ
わってない。その後新宿、あるいは諏訪之瀬、東京の国分
寺、どんどんいろんな所で人が集まるようになる。それは全
部、同じような感覚じゃなかったのかな。お金じゃないんだ
ということね。だから、何とかしてお金に負けないシステム
を開発しよう。それには一人ではとてもかなわない。当然コ
ンミューン、集団で。大義名分からいかないで、まず、信頼
できる友だちと一緒に住むことから始めましょうというこ
と。おそらくどのグループもそうだったろうと思う。僕らの
集まりにしても、いつのまにか何となく人が集まってきて、
あまりに人が増えたから名前でもつけるか、という程度のこ
とで、今度は名前にひかれてまた人が集まってくるという感
じで広がったんで、本来の出発はーー。
僕自身が、戦後ほんとに痛めつけられた。この社会で働く
気がなかった。よってたかって自然をいじめ、人間をいじめ
ていくだけの社会に、なぜ自分が関わりを持たなきゃならな
いのか、というのが一番の根底にあったと思う。それが見え
るのはお金だ。この時代にお金を持ち、富み栄えることは恥
ずかしいことだというのが僕には強かった。新宿の辺にはそ
れに共感する人がいっぱいいたわけ。自分で稼いでても、何
かおかしい。だから「ナナオ、使ってくれんか」と。そうや
って僕らは食べてきたわけで(笑)、「稼ぐ人は出せ」と。な
るべくなら稼がない方がいいんだと(笑)。稼がないで、そし
てもっと本質的なことをした方がいいんじゃないか。どう見
ても、お金の世界は本質とつながってるとは思えなかった。
特に(東京)オリンピックの頃ーー成長が一番すさまじい時
期でしょう。
ーー高度成長期の始まり。
ナナオ あの頃はすごかった。新宿の駅が、木造から鉄筋に
変わっていく、それまで何にもなかったのが、いきなりニョ
キニョキとでっかいビルが建っていくじゃない。完全に、金
が威張りだしたわ。それまでは、新宿は別な世界だった。つ
まり、フーテンがニコニコしておれたの。「ああ、お前、何
もしてねえのか。遊んでんのか。偉い奴っちゃ」という、そ
ういう世界が新宿にはあったの。銀座にはなかった。新宿は
そういうものを認めたのね。
お金以外のもので結束する力
ナナオ お金じゃないんだということで集まったんだから、
これからも当然その線を追うべきだし、追いたいと思ってる。
特に、僕が強調しておきたいのは、一種の洞察が必要だとい
うこと。金をめぐっての社会のメカニズム、それを見抜く目
っていうのがないと困る。そうでないと、すぐ○○財団に持
っていかれる。それには気をつけて。まず、うまそうな話に
乗らないこと(笑)。それが一番じゃないかな。今頃そんなう
まそうな話がごろごろしてるはずないから。だから、まずし
ぶい話から考えた方がいい(笑)。それと、仲間内の結束を強
くすること。どんどん仲間を増やすこと。それは、この社会
の中で、一つの陰謀だと僕は考える。お金に頼らない、お金
以外のもので結束する力。
これにはいろんな動きがあるけど、例えば信仰のグループ
もその1つでしょ。僕らはおそらくそれじゃなさそうな気が
する。そうじゃなくて、いわゆる既成宗教じゃなくて、それ
からはみ出たとこでね。というのは、既成宗教はほとんど体
制下に入ってしまっているから。
ーーほとんどお金儲け。
ナナオ それじゃ困るし、そうじゃないところから新しいビ
ジョンが出てくるはずだ。そのビジョンを現実化していく努
力を、休まず続けることじゃないかな。
それと同時に、特に日本の場合、生態系がめちゃめちゃに
やられていくから、これをどうやって守っていけばいいの
か。僕らの子供たちに、泳げない川を残していいのかどう
か。そういう反省は、やっぱりお金のことに返ってくるんだ
けども。つまり、お金が川を汚し、お金が山を切って、山の
道路を造っていくんだから。犯人はお金、お金にしがみつ
き、お金の力を利用しようとする人たちなんだということ。
お金は本来、毒でも薬でもないはずだ。中立でしょう。それ
を、人間の側であのような形にしていくんだから。
ーーお金が川を汚す‥‥。
ナナオ そうだよ。お金が山を切り、ダムにしていくんだ。
それだけのことだ。それと権力。一番困ることは、文化がお
金と馴れ合っていること。そこらへんは、もっと厳しい目で
見ないと駄目だ。
ーーお金のいく所で、文化が栄える。
ナナオ そうそう。それは大変困る。たとえば松本にパルコ
って店ができた。そこに物を出すか出さないかで、僕なんか
はっきり区別してる。「あいつは出した、駄目な奴だ」。それ
で、今松本あたりで面白いのは、木工をやってる連中が、大
資本でない自分たちのマーケットを出す。そういうエネルギ
ーがあるの。「俺たち自身のマーケットを作ろう。そこへ使
う人、買う人が集まればいいんだ」と。そういう考え方、こ
れは面白いね。つまり、金、資本主義、それから物の流れ。
その中にのみ込まれない、僕ら自身のありようを、ほんとに
捜さなきゃ。だから、僕は今度の「お金」の特集ってのはす
ばらしいと思う。『80年代』を読んでる人たちに、もう一度
そこらへんのことを振り返って、原点に立ち戻ってもらうい
いチャンスじゃない。いったい俺たち何で稼いでるのか。そ
れはどっから来てるのか。
それでまあ、これは弁明になるかもしれないけど、誰か多
少なりピュア(純粋)な人を通ってきた場合は、お金もピュ
アになるから、それは浄財として僕はいただいてる。つまり
カンパって形で。それ以外の形ではどうも受け取れない。た
だ、大資本が、僕にときどき「お金を出そう」とかいう話を
持ってくる。とんでもないことだ。僕は「貧者の一灯」って
いう言葉が好きだ。わずか百円でも一千円でも、それは血だか
ら、お金じゃなくなるから。だから喜んでいただく。
ーーナナオはこれからアメリカに行くわけだけど、しばら
くぶりに日本に戻ってきてから三年くらいになるのかな。
ナナオ ほぼ三年。
ーーそれで日本中をあっちこっちーー
ナナオ 走り回った。北海道二回、沖縄二回。
ーーそういう、しばらくぶりに三年間見た日本で感じられ
たことをちょっと話してもらえますか。
ナナオ あのね、はっきり二つあります。お金が川を汚し、
お金が山を漬してるといういやおうなしの現実が目の前に一
つある。と同時に、そういうものを乗り越えるパワーがちゃ
んと育ってる。これがうれしい。この力は、僕は信頼してい
いと思う。この力があるうちは、どんなに山が駄目になろう
と、川が駄目になろうと、また盛り返せる。そういう意味で
自信をつけさせてもらえたということは大変うれしいです。
同時に、外国のそういう人たちとのつながりがだんだん拡が
ってゆくようだし。
そう、ときどきはほんとガックリくるけどね。もうこりゃ
ひでえな!と。いったい何が起こってるんだろうと。まさ
に地獄だと。それは確かに地獄。同時にその地獄の中で、き
らきらした蛍のような人たちがいるってこと。それなら、ま
あまあーー(笑)
ーーでも、今の時代の流れがおかしいと思っている人たち
の中にも、何か仕事をしようという時に、やっぱりお金をつ
くらなければ仕事にならないというふうに考える人たちがい
ますね。
ナナオ だけどね、そこで、「まずやってみたら?」と僕は
言う。お金がないところから、まずやってみませんか。そう
しないと、お金から考えたら何もできないわ。僕はできない
と思う。それは幻想だ。「これだけお金があったら何かでき
るんだけど」ってのは幻想だし、それではやっぱり悪循環で
しょ。もう完全に、いつまでたっても出口なし、ということ
じゃないかな。
ーーお金のサイクルで人間が動くわけだ。
ナナオ そうです。そういう人は、銀行に入った方がいいで
しょう。「お金がなければ」ということは駄目だ。それをま
ずぶっこわさなきゃ。赤ん坊にお金を見せてもしょうがない
でしょう。おはじきでしかないでしょう。そっからものを考
えなきや。まるっきり別なとこから。
僕はアメリカヘ行くんだけど、アメリカはほんとにひどい
の。もう基本的にお金の世界。アメリカの若い人は、一応お
金に対する幻想をなくしたような顔をしてるけど、やっぱり
どっか奥深いとこでは金持ちへのジェラシーが強いわ。僕
は、いわばそれをぶちこわしに行くんだけど。そんなのは駄
目なんだということ。それよりは、歩ける力、星や花や鳥と
の対話のできる豊かさの方が大事なんだ。僕はそういうこと
を伝えに歩いているような気がするけど。
労働者よ、昼寝しよう!
ナナオ 20世紀の日本を、人間、あるいは日本人が、30世紀、
40世紀まで生き残ったところでふり返ってみる。ときどきそ
ういう考え方をするといい。どう見えるか。何と愚かな時代
だったんだろう。一億の人間が、無茶苦茶に日本中の山を削
り、川を汚し、気がついた時にはアップアップしてるわけで
しょ。それでお金があるとしたらーーそれも大してありはし
ないんだよ(笑)。金がありそうに見えて、実はない。これは
なかなかおかしな話だ。
ーー死んだ時にまだ家のローンが残ってるとか(笑)。お金
がいつも本人の先にあって、そのあとを追っていく、という
形ですねえ。
ナナオ なぜ、全員がそういうことに気がつかないのかね。
だから、一番簡単なのは、ゼネストをやればいいの。それ
も賃金値上げじゃなくて、賃金もいらないというゼネストを
やればいい。もうこういう馬鹿馬鹿しさ、お金と労働を切り
売りして貧しいものを食わされる、これはまっぴら御免だ
と。もう一切働きませんと。日本中がそういうストライキを
やるといいね。すると、こういう資本主義なんか、一発でお
しまいだわ。一週間やってごらん、日本なんか完全にお手上
げだわ。
もういつもそれを夢見てる。誰かそういう奴出て来ねえか
と。「労働者よ、立ち上がれ」じゃなくて「昼寝しよう」(笑)。
「一週間、一斉にサボタージュに入ろう」。国鉄から何から、
飛行機から新聞から、全部止まるわけじゃない。そしたらど
うなるだろう。一番困るのは、政治家とか、偉い人たちじゃ
ない?
ーー政治家が必要なくなるね(笑)。
ナナオ 僕はそれを提案してんだけど。労働組合あたりで、
どっかやらないかしら。今日は花見、明日は月見(笑)。明後
日はダンスパーティ。毎日それを連続してやったら、日本な
んか一発だわ。
ーーしかし、社会の先端(?)で働いている人たちは、何
となくみんなのため、社会のためになってるような気がして
るんじゃないでしょうか。
ナナオ おそらくそうだ。疑問を投げつけたら、むこうは困
るんじゃないかな。皆さんのために役立ってるという錯覚が
あるんじゃないかな。
ーーそれを疑い出すと何にもできなくなる(笑)。
ナナオ できなくなるでしょう。足元が崩れる、そういう感
じだ。そのぐらいの作業は、やっぱり人間やった方がいいん
だけど。足元崩すぐらいのことは、しょっちゅうやった方が
いい。お金中心のこの社会の中にのめり込んでいって、そこ
でいわば飼い馴らされて、それはそれなりに小さく細々とし
ているだろうけども、安定感とかでごまかされる。そうじゃ
ないんですか? 「自分はまっとうなんだ。まっとうに稼い
でまっとうに使ってるんだ」というとこで、ある程度のこと
を感じるんだろうな。それはーー悪いことをしてないという
こと。ところが、ほんとは大変悪いことをしてんだけど、僕
は、お金を稼ぐってのは泥棒の一種だとしか思ってない。お
金があれば、あるいは力があれば、特権階級になれば、権力
を持てば、というあのお粗末さは、ちょっとね。人格のある
人間のやることなのか。
だけど僕はね、これは誰かのジョークだくらいに思ってま
すわ。どっちみち大したことじゃないから。そういうパワー
というのは、いずれは。ぺしゃんこになるもんで、一番深いと
こでは絶対の信頼がある。たまたま、日高山脈が(林道がで
きて)やられていくとか、石垣島に飛行場をつくるとか、あ
まりに馬鹿馬鹿しいから、「何とかしましょうよ」ぐらいの
ことは言うけども、深いところではそんなに心配はしてない
な。
いや、単純なことなんだな。ガキのようにいたいさ。ガキ
のようにさせないでしょう、この世は。ネクタイつけて(笑)、
月にいくら稼いで。何だろうな、一体。僕なんか毎日山を走
り回り、川で泳ぎ、魚を追っかけ回し、馬に乗り、歌を歌
い、というーーそっちの方が面白いじゃない。
今、そうだな、少し山菜をとるか。それでおみやげに持っ
ていきますか。話もこれでいいんじゃないかな。それより
俺、山菜とりに行く方が面白いもの(笑)。
(一九八五年四月十八日 生坂村清水平のナナオの書斎にて)

|